学校教育は洗脳であると主張する堀江さんの本を読んでみた

すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~ (光文社新書)

堀江さんは、学校は従順な国民を量産するための洗脳機関であり、意欲や興味に対して行動するというシンプルな行動原理に心のブレーキを付ける場所でするとの考えから学校教育を否定しています。

一方で、没頭することの重要性を強調しており、その観点では勉学自体を否定しているわけではありません。 むしろ、自らの興味と意欲で経験したものは例え遊びからであっても学びに繋がり、その経験の中に無駄になるものはない、そう仰りたいのではないかと感じました。

型を持ち出す時点で分かっていない、と叱られそうですが、感覚と意志を重視し、やりたいとこもやりたくないことも自分で決める事を良しとする、モンテッソーリ教育に似た発想のように思います。

個人的にも社会人としてある程度経験を積んだ今、改めて学校教育を振り返ると、かなりの部分で共感出来ることがあります。

殆ど全ての人間が将来、国家、企業あるいは何らかのコミュニティ・集団に所属する一員である事を念頭に置くと、集団生活の中で最低限の常識を学ぶ環境としての学校には重要な存在意義があると思います。 その一方で、学校が教える授業は言葉の通り、授けるスタンスが背景にあるわけですが、確かに授業で教わった諸々、特に古典や歴史などはある解釈の集大成ですし、道徳教育もその背景にあるのは善悪や価値観に対する一面的な解釈を題材にしており、良い成績・評価を得るために出題意図を推し量る思考回路が知らず知らずのうちに出来上がっていたように思います。

私自身、アイディアを行動に移そうとしたことか幾度となくありましたが、その度にアクセルと同じくらいブレーキを考える論理フレームワークが働いてしまい、時間とともに熱意を冷まし、固化してしまうか第三者が先に行動に移してしまうことが何度もありました。

良書を読んだからと言って、行動原理や思考回路を急にガラガラポンする事も簡単ではないのでしょうが、心のブレーキの存在を意識して、やらない理由・言い訳を作らないよう自分のモチベーションを上げていこうと思います。